
土の中には、目に見えない無数の微生物が暮らしています。その中でも「バチルス菌(Bacillus属細菌)」は、植物の成長を助けながら、病気や害虫、乾燥・塩害といった環境ストレスから植物を守る働きを持つことで、近年、持続可能な農業の切り札として注目を集めています。
結論から述べると、バチルス菌は「植物成長促進根圏細菌(PGPR:Plant Growth-Promoting Rhizobacteria)」と呼ばれるグループに属する土壌細菌であり、栄養供給・植物ホルモンの産生・病原菌への対抗という複数の役割を、1種類の細菌が同時にこなせる点に大きな特徴があります。さらに、乾燥や高温に強い「芽胞」という休眠構造を持つため、殺菌剤・殺虫剤などの生物農薬として世界各国ですでに商品化が進んでいます。本記事では、スペイン・ラ・ラグーナ大学の研究チームが2026年に学術誌『Plants』で発表したレビュー論文の内容をもとに、バチルス菌が植物を成長させ、守る仕組みと、農業での活用法・今後の課題について解説します。
バチルス菌とは?
バチルス菌とは、土壌中に広く生息する細菌のグループで、正式にはBacillus属と呼ばれる300種以上の細菌の総称です。植物の根の周辺(根圏)に棲みつき、養分の供給や病原菌からの防御を通じて植物の成長を助けることから、植物成長促進根圏細菌(PGPR)の代表格として位置づけられています。
論文によれば、バチルス菌と近縁のPseudomonas属は農地の土壌に生息するグラム陽性細菌の中でも特に優占的な存在であり、バチルス菌だけでその個体数の最大95%を占めるとされています。これほど広く定着できる背景には、バチルス菌が持つ2つの特性があります。一つは代謝的・遺伝的な多様性の高さ、もう一つは「芽胞(がほう)」と呼ばれる耐久性の高い休眠構造を形成できる能力です。芽胞は、乾燥・高温・栄養不足・強い紫外線といった過酷な環境でも活動を停止した状態で生き延びられるため、製品として保存しても死滅しにくく、農薬・肥料原料として扱いやすいという利点があります。この特性により、バチルス菌は殺菌剤・殺虫剤・殺線虫剤といった生物農薬の原料として世界中で実用化されており、日本国内でもバチルス菌を有効成分とする農薬が登録されています。
なぜ今、バチルス菌が注目されているのか?

論文はまず、バチルス菌が注目される社会的背景として、農業を取り巻く需給の逼迫を挙げています。世界の人口は2030年までに現在より30%増加し、2050年には97億人に達すると予測されており、これを支えるには現在よりも70〜100%多い食料生産が必要になるとの試算もあります。
この需要を満たすため、これまでの農業は化学肥料や農薬に大きく依存してきました。しかし論文では、その代償として次のような問題が生じていると指摘されています。
- 窒素肥料の多用による土壌の酸性化・塩類化・硝酸塩の蓄積
- 過剰な養分が河川や湖に流れ込むことによる富栄養化
- 農薬の不適切な使用による生態系への影響や、病害虫の耐性発達
- 集約的な農業による土壌そのものの劣化と、経済的・エネルギー的コストの増大
つまり、生産量を増やすための取り組みが、長期的には土壌や生態系を損ない、将来の生産力を下げてしまうという矛盾が生じているのです。こうした状況を受け、国連は「生産性と生産量を高めながら、生態系の維持にも貢献するレジリエントな農業」を持続可能な開発目標の一つに掲げています。またFAO(国連食糧農業機関)は持続可能な農業を「土地・水・遺伝資源を保全し、環境を劣化させず、経済的に成立し、社会的に受け入れられる形で、現在と将来の世代のニーズを満たす農業」と定義しています。バチルス菌をはじめとする土壌微生物を生物肥料・生物刺激剤・生物的防除剤として活用することは、この矛盾を解消する具体策の一つとして研究が進められています。
根っこの周りでは何が起きているのか?
植物の根の周辺には「根圏(こんけん)」と呼ばれる領域があります。根圏は根の表面からおよそ2〜80mmの範囲に広がる土壌であり、植物の根から分泌される糖・有機酸・アミノ酸などの物質(根滲出物)に引き寄せられた、非常に多様な微生物が集まる場所です。論文では、根圏は次の3つの区域に分けられると説明されています。
| 区域 | 内容 |
|---|---|
| 内根圏 | 根の皮層・内皮の細胞間に微生物と養分が存在する領域 |
| 根面 | 表皮細胞・皮層・粘液細胞からなる中間層 |
| 外根圏 | 根に隣接する周囲の土壌そのもの |
根圏に生息する細菌の中でも、植物の成長を促進するものは「植物成長促進根圏細菌(PGPR)」と呼ばれ、その働きに応じて次の3つに分類されます。
| 分類 | 主な働き |
|---|---|
| 生物肥料 | 窒素固定や養分の可溶化により、植物への栄養供給を高める |
| 生物刺激剤 | 植物ホルモンの産生などにより、生育や品質を高める |
| 生物的防除剤 | 病原菌の増殖を抑え、病気の発生を減らす |
論文が強調しているのは、多くのPGPRがこれら複数のカテゴリーに同時に該当する性質を持つという点です。バチルス菌はまさにこの「多機能型」の代表であり、栄養供給・ホルモン調節・病害防除のすべてを兼ね備える菌株が数多く報告されています。窒素固定に関わる窒素固定菌や、リン吸収を助ける菌根菌など、他の有用微生物と組み合わせて働くケースも報告されています。
バチルス菌はどうやって植物を成長させるのか?

論文は、バチルス菌が植物の成長を助ける仕組みを「直接的メカニズム」と「間接的メカニズム」の2つに整理しています。ここではまず、栄養供給やホルモン産生といった直接的な働きを見ていきます。
窒素・リン・カリウムを届ける仕組み
植物が育つためには、窒素・リン・カリウムという3つの主要な栄養素が欠かせません。バチルス菌は、これらを植物が利用しやすい形に変換する能力を持っています。
- 窒素固定:ニトロゲナーゼという酵素を使い、空気中の窒素を植物が吸収できるアンモニウムの形に変換する。B. aerophilusやB. oceanisediminis、B. safensisなど複数の菌株で、窒素固定に関わるnifH遺伝子が確認されている
- リンの可溶化:土壌中で溶けにくい形のリンを、ホスファターゼ酵素や有機酸の分泌によって溶かし出す
- カリウムの可溶化:土壌中のカリウムの90%以上を占める不溶性の鉱物(ケイ酸塩など)から、有機酸の放出によってカリウムを取り出す
論文が紹介する具体例として、リンを可溶化するバチルス菌の一種(B. altitudinis)をトウモロコシに与えた温室実験では、菌を与えなかった植物と比べて地上部のサイズが約155%、根のサイズが約45%増加したことが報告されています。また別の研究では、バチルス菌によるカリウム可溶化により、土壌中カリウムの53.6〜304.8%がコムギの種子に取り込まれたとの結果も示されています。
論文はさらに、これら3つの機能の間に興味深い階層があることを指摘しています。リン可溶化はB. safensis、B. circulans、B. cereus、B. megaterium、B. subtilisなど非常に多くの種で確認されている一方、窒素固定はニトロゲナーゼ活性に伴うエネルギーコストの高さから、B. pumilusやB. cereusなど一部の種に限られる傾向があるといいます。そしてB. megateriumやB. cereusのように、リン・カリウムの可溶化と窒素固定を同時にこなせる「多機能菌株」の存在も報告されており、複数の養分が不足する複合欠乏土壌ほど、こうした菌株の効果が大きくなると考えられています。
植物ホルモンをつくる仕組み
バチルス菌は、植物の成長に関わるホルモンそのものを産生したり、その働きを調節したりすることでも植物を助けています。論文で紹介されている代表的なホルモンは次の通りです。
- IAA(インドール酢酸):根の伸長や細胞分裂を促す代表的な成長ホルモン。B. licheniformisやB. subtilis、B. megateriumなど、バチルス菌の中で最も広く産生が報告されているホルモンで、植物ホルモンのすべてで紹介されているオーキシンの一種にあたる
- サイトカイニン:細胞分裂を促進し、葉の老化を遅らせる。植物の若さを保つ働きについてはサイトカイニンの記事でも詳しく解説している
- ジベレリン:茎や根の発達、種子の発芽を助ける。B. tequilensisなどが産生を報告されており、ジベレリンの記事も参考になる
- アブシジン酸(ABA):発芽や気孔の開閉を調節するほか、乾燥・塩分・重金属曝露といった非生物的ストレスへの応答を調節する
- ACCデアミナーゼ:ストレスによって過剰になったエチレンの前駆体(ACC)を分解し、植物への悪影響を和らげる
論文にはホルモンごとの実例も豊富にまとめられており、例えばB. licheniformisとB. subtilisはトマトの種子発芽と成長を促進し、B. cereusはコムギの成長・穀粒数・生産性を高め、B. subtilisはレタスでゼアチンなどのサイトカイニンを産生して成長を促進し、B. methylotrophicusはイチゴやレタスでジベレリン(GA1・GA3・GA7・GA8・GA20)を産生して成長を促進したことが報告されています。作物の種類が違っても、複数のホルモン機構が組み合わさって効果を発揮している点は共通しています。
論文が特に注目しているのは、単一のホルモンだけを産生する菌株よりも、複数のホルモンを同時に産生・調節できる菌株(例:IAA・サイトカイニン・ジベレリン・ABAを併せ持つB. amyloliquefaciens)のほうが、実際の畑での効果が一貫して高い傾向にあるという点です。オーキシンとサイトカイニンが地上部と根のバランスの取れた発育を促し、ジベレリンとABAの相互作用がストレス応答を調節するといった「ホルモンの相乗効果」が、こうした優れたパフォーマンスの背景にあると考察されています。
鉄を届けるシデロフォア
鉄は植物にとって欠かせない栄養素ですが、土壌中では溶けにくい形(Fe3+)で存在していることが多く、中性〜アルカリ性の土壌ではそのままでは吸収されにくいという課題があります。バチルス菌は「シデロフォア」と呼ばれる低分子化合物を分泌し、鉄を強力にキレート(捕捉)して植物に届けやすい可溶性の形に変える働きを持っています。
シデロフォアの役割は鉄の供給だけにとどまりません。論文では、周囲の鉄の利用可能性を下げることで病原菌の発育を抑える防御的な役割や、カドミウム・鉛・ニッケル・ヒ素といった重金属をキレートして無毒化する役割も報告されています。この性質から、シデロフォアを産生するバチルス菌は、重金属で汚染された土壌の浄化(バイオレメディエーション)にも応用できる可能性があるとされています。
バチルス菌はどうやって植物をストレスから守るのか?

気候変動の進行により、乾燥・高温・塩害・重金属汚染といった非生物的ストレスは、農業にとってますます深刻な課題となっています。論文は、バチルス菌がこうしたストレスから植物を守る仕組みについても詳しく解説しています。
塩ストレス
土壌は、飽和抽出液の電気伝導度が400 mS/m以上(NaCl濃度にしておよそ40mM相当)になると塩性土壌とみなされます。論文によれば、世界の耕作可能地のおよそ20%が塩類化の影響を受けると推定されており、今後さらに拡大が見込まれています。バチルス菌は、浸透圧の調整、植物ホルモンの産生、養分取り込みの増加、イオンの恒常性維持、酸化ストレスの軽減、揮発性有機化合物の分泌といった複数のメカニズムを通じて塩ストレスを緩和できることが報告されています。論文が紹介する代表的な事例には、次のようなものがあります。
| バチルス種 | 対象作物 | 主な効果 |
|---|---|---|
| B. paralicheniformis TRQ65 | コムギ | 塩性条件下での成長促進 |
| B. licheniformis A2 | ラッカセイ | 塩ストレス存在下での成長刺激 |
| B. aryabhattai PM34 | コムギ | 成長・塩ストレス耐性の改善 |
| B. megaterium OQ560352 | トウモロコシ | 塩性土壌条件下での成長刺激と抵抗性誘導 |
| B. amyloliquefaciens E50S2-3・B. velezensis M100S1-4 | イネ | 塩ストレス・残留汚染物質条件下での植物パラメータの改善 |
このように、対象作物が異なっても複数の菌株で一貫した効果が報告されている点は、塩害地の多い地域で栽培する上で参考になります。塩分の多い環境に適応する植物自身の生存戦略については、塩生植物のメカニズムの記事でも紹介しています。
温度ストレス(高温・低温)
高温にさらされると、植物の水ポテンシャルや相対含水率が大幅に低下し、発芽や細胞膨圧に悪影響が及びます。バチルス菌は高温下でも芽胞を形成できることから優れた耐熱性を持つ細菌とされており、論文ではB. tequilensis SSB07がダイズの高温曝露時のバイオマスや光合成色素含量を大幅に向上させたことや、B. licheniformis BE-L60がホウレンソウの抗酸化システムを誘導して熱ストレス下の健全性を高めたことが紹介されています。一方、低温ストレスに対しても、B. amyloliquefaciens GL18がエンバク種子のホルモンレベルを高め4℃での低温耐性を確認するなど、複数の効果が報告されています。
なお論文は、耐熱性がバチルス属全体に共通する形質なのか、それとも菌株ごとに個別の検証が必要な形質なのかについて、現時点では相反する証拠があると指摘しています。ある菌株で確認された効果を同じ種の他の菌株にそのまま当てはめる現在の慣行には、効果のない接種剤を展開してしまうリスクがあるとされています。
乾燥・水不足ストレス
2030年の予測によれば、水の利用可能性の低下により、世界の多くの地域で食料生産が減少するとされています。バチルス菌は、オスモライトや抗酸化物質の産生、根の構造の変化、揮発性有機化合物の産生などを通じて浸透圧ストレスを緩和します。論文で紹介されている実験では、B. licheniformis・B. megaterium菌株の接種によってコムギの発芽指数が11〜46%、生重量が35〜191%向上したことが報告されています。またB. amyloliquefaciens MMR04はシコクビエの乾燥ストレス下でクロロフィル含量と相対含水率を改善したことも紹介されています。
重金属ストレス
施肥や病害虫防除のための不適切な農薬使用、産業排水の灌漑利用などにより、土壌中にCd(カドミウム)・Cr(クロム)・Pb(鉛)・As(ヒ素)といった重金属が蓄積するケースが増えています。バチルス菌は、酸性化・可溶化・シデロフォアによるキレート化を通じて有毒金属の悪影響を軽減します。論文で紹介されている研究では、リン肥料とB. subtilis菌株を併用したコムギにおいて、対照区と比較してクロムの蓄積が地上部で約54.24%、根部で約59.19%、穀粒で約90.26%減少したことが示されています。またB. cereusとB. megateriumを用いたマスタードの実験では、カドミウムの転流や蓄積を抑えつつ、地上部・根部の重量とカリウム含量が増加したことも報告されています。
バチルス菌はどうやって病気や害虫から植物を守るのか?

生物的ストレス(病原体・害虫の攻撃)による農業生産性の損失は、推定30%に達するとされています。バチルス菌のもう一つの重要な役割が、こうした病原体や害虫に対する「生物的防除」です。論文では、次のような複数の仕組みが単独ではなく組み合わさって働くことで、化学農薬に匹敵する防除効果を発揮している事例が紹介されています。
- 分解酵素の産生:キチナーゼ・セルラーゼ・アミラーゼ・プロテアーゼなどを分泌し、真菌の細胞壁(最大80%を糖タンパク質・多糖類が占める)を分解して破裂・死滅させる
- 抗生物質・環状リポペプチドの産生:サーファクチン・イツリン・フェンギシンといった、脂肪酸とアミノ酸からなる環状化合物を産生し、細菌・真菌に対して幅広い抗菌活性を示す。バナナの根圏に生息するB. velezensisは、これらを複数産生して青枯病菌やフザリウム萎凋病菌を抑えることが報告されている
- 誘導全身抵抗性(ISR)の活性化:植物自身が本来持つ免疫システムのスイッチを入れる。エチレンとジャスモン酸のシグナル伝達経路を通じて、カタラーゼやペルオキシダーゼなどの防御酵素の分泌を増加させる
- バイオフィルムの形成:根の表面に微生物の膜を作り、物理的に病原菌の侵入を防ぐと同時に、土壌粒子の凝集や水分保持にも寄与する
- 揮発性有機化合物(VOCs)の産生:気体として放出される物質により病原菌の増殖を抑えたり、植物のISRを誘導したりする
- クオラムクエンチング:病原菌同士のコミュニケーション(クオラムセンシング)をラクトナーゼなどの酵素で妨害し、病原性を弱める
- シアン化水素(HCN)の産生:病原菌のシトクロムcオキシダーゼを阻害し、電子伝達系を断ち切ることでエネルギー供給を止める
例えば、トマトではB. thuringiensis serovar aizawai ABTS-1857がISRの活性化を通じて灰色かび病を制御し、B. amyloliquefaciens Ba13はトマト黄化葉巻ウイルスへの抵抗性を高めながらコナジラミの生物的防除にも寄与することが報告されています。こうした病原体・病害虫への防除メカニズムは、フィロスフィア微生物やメチルサリチル酸によるウイルス防御など、植物と微生物の相互作用を扱う他の研究とも重なる部分が多く、海洋微生物由来の天然農薬のように、化学農薬に代わる生物的な防除手段への関心は分野を越えて広がっています。
分解酵素の産生を支える遺伝子も菌株ごとに解明が進んでいます。論文では、B. licheniformisのアミラーゼ産生に関わるamyN遺伝子、B. amyloliquefaciensのプロテアーゼ合成に関わるBanpr、B. thuringiensisのキチナーゼ産生を担うchiA74、B. paralicheniformisのセルラーゼ合成に関わるCel1〜Cel10などが紹介されており、同じ「分解酵素」という機能でも菌株ごとに異なる遺伝子が働いていることがわかります。
クオラムクエンチングについても興味深い知見があります。細菌は密度が高まると「オートインデューサー」と呼ばれるシグナル分子を介して仲間同士で情報をやり取りし(クオラムセンシング)、病原性の発現やバイオフィルム形成のタイミングを合わせます。バチルス菌の一部はラクトナーゼ・アシラーゼ・オキシドレダクターゼといった酵素でこのシグナル分子を分解し、病原菌同士の連携を妨害することで病原性そのものを弱めることが報告されています。例えばリョクトウでは、Bacillus sp.の分離株がAHL分解酵素を産生し、軟腐病菌による症状を軽減したことが示されています。
バチルス菌は農業でどのように活用されているのか?
論文は、バチルス菌をはじめとする微生物資材の経済的な価値を、2つの「代謝投資戦略」として整理しています。
| 戦略 | 内容 | 効果が大きい条件 |
|---|---|---|
| 高資源戦略 | 窒素固定・リン酸可溶化・カリウム可動化など、養分獲得に多くのエネルギーを投じるプロセス | 土壌の養分制限が深刻で、代替の養分源がない場合 |
| 低資源戦略 | 植物ホルモン産生・ストレス耐性強化・生物的防除など、比較的コストの低い生物調節プロセス | 化学肥料が十分に施用され、養分獲得の必要性が低い場合 |
論文によれば、化学肥料の投入が十分な圃場でも、バチルス菌による低コストの生物的防除やストレス耐性強化は作物のレジリエンス(環境変化への耐性)を高める効果を発揮するとされています。すでに実用化されている商業製品の例としては、B. amyloliquefaciens MBIを有効成分とする殺菌剤「Serifel」、B. pumilus QST 2808を用いた「Sonata」、B. subtilis QST 713を用いた「Serenade」、B. firmus I-1582を用いた殺線虫剤「Flocter」、B. thuringiensis系統を用いた殺虫剤「Turex」「Gnatrol」「Lepinox」などがあり、スペインだけでも5種・20菌株を基にした多数の植物保護製品が流通していると報告されています。
バチルス菌の活用にはどんな課題があるのか?
多くの利点が報告されている一方で、論文は実用化に向けた課題も具体的に指摘しています。
- 効果の再現性:実験室・温室での好結果が、不均一な圃場環境でもそのまま再現されるとは限らない。塩分濃度や土壌条件は圃場ごとに大きく異なるため、大規模かつ多地点での圃場試験の蓄積が必要とされている
- 菌株ごとの差:同じ種類のバチルス菌でも、菌株によって耐熱性などの効果に大きな差が見られることがあり、単一形質のスクリーニングを超えた体系的な菌株選抜が求められる
- 製剤化の難しさ:保存・流通を通じて高い生存芽胞数(10⁸ CFU/g以上)を維持する必要があり、担体(ピート・タルク・バイオ炭など)の選択や浸透圧保護剤の配合など、製剤設計が製品の実用性を左右する
- 法規制の壁:EU規則2019/1009では、「植物生物刺激剤」として公式に認められる微生物がAzotobacter属・Rhizobium属・Azospirillum属・菌根菌の4属に限定されており、バチルス菌やPseudomonas属は現行制度上は対象外とされている
- 生物安全性の確認:バチルス属の中にはヒトに対して日和見感染を起こしうる種も含まれており、一部のB. cereus菌株はWHOの分類基準でリスクグループ2(BSL-2)に位置づけられている。商業利用が承認されるのは原則としてBSL-1の微生物に限られるため、病原性遺伝子や抗生物質耐性遺伝子の有無を確認する厳格なスクリーニングが不可欠とされている
論文の著者らは、こうした課題を解決するために、大規模な圃場試験の蓄積、ゲノム解析と表現型評価を組み合わせた菌株選抜技術の高度化、複数の菌株を組み合わせる「合成微生物群集」の設計、そして国際的に調和した規制の枠組み作りが今後の研究の柱になると述べています。間作や緑肥作物などによる土壌改良と組み合わせることで、化学資材への依存をさらに減らせる可能性もあります。
今後の研究はどこに向かうのか?
論文は、実験室レベルの知見を安定した圃場でのパフォーマンスへと橋渡しするために、今後取り組むべき方向性を具体的に示しています。
- 合成微生物群集(コンソーシアム)の設計:窒素固定菌とリン可溶化菌を組み合わせるなど、単一菌株ではカバーしきれない複数の機能を、相補的な菌株の組み合わせによって補う考え方。ほとんどの菌株はすべての有益な形質を同時に備えているわけではないため、論理的な次のステップとされている
- 精密農業への応用:土壌診断・環境センサー・気象予測データをもとに、圃場ごとに最適なバチルス菌の菌株や施用量をAIが提案する仕組み。一律の施用から、圃場条件に合わせた的を絞った施用への移行が期待されている
- 有機農業・再生型農業との親和性:バチルス菌を用いた生物製剤は有機認証の要件や、土壌の健全性を重視する再生型農業の理念と相性が良いとされる一方、低投入システムでの効果はさらなる検証が必要とされている
- 遺伝子工学による機能強化の課題:CRISPR-Cas9などのゲノム編集技術で菌株の形質を強化する試みも想定されるが、複数の機能を併せ持つ改変菌株をどう分類・登録するかという規制上の課題が新たに生じるとされている
論文はこれらの技術的な進展とあわせて、農家が実際に導入しやすいよう、保存・取り扱い・施用方法に関する実践的な普及プログラムや、費用対効果を示す技術経済分析の重要性も強調しています。優れた生物製剤であっても、使い方の情報が届かなければ普及は進まないという指摘です。家庭菜園のレベルでも、堆肥や緑肥作物によって土壌中の有機物を増やし、在来のバチルス菌を含む有用微生物が定着しやすい環境を整えることは、こうした研究の考え方と方向性を同じくする取り組みだといえます。
まとめ
バチルス菌は、窒素・リン・カリウムの供給、植物ホルモンの産生・調節、鉄を届けるシデロフォアの分泌といった直接的な働きに加え、塩害・高温・低温・乾燥・重金属といった非生物的ストレスへの耐性向上、そして分解酵素・抗生物質・誘導全身抵抗性・バイオフィルム・揮発性有機化合物・クオラムクエンチング・シアン化水素産生という多彩な仕組みによる生物的防除まで、幅広い役割を担う土壌微生物であることが、今回紹介した研究から見えてきました。化学肥料や農薬への依存を減らしながら農業生産を維持する手段として、バチルス菌をはじめとする植物成長促進根圏細菌の活用は、菌株選抜技術や規制の整備が進むにつれて、今後さらに広がっていくと考えられます。家庭菜園や市民農園で野菜を育てている方は、土の中で働くこうした微生物の存在に、少し目を向けてみるのもよいかもしれません。
よくある質問(Q&A)
Q1. バチルス菌は人体に害はありませんか?
A. バチルス属の多くは人に無害とされていますが、論文によれば一部のBacillus cereus菌株など、条件によってヒトに感染症を引き起こす可能性がある種も含まれています。そのため商品化にあたっては、WHOのリスクグループ分類に基づく安全性評価が行われています。
Q2. バチルス菌を使った農薬はすでに市販されていますか?
A. はい。論文で紹介されている「Serenade」「Sonata」「Flocter」「Turex」などをはじめ、バチルス菌を有効成分とした殺菌剤・殺虫剤・殺線虫剤はすでに世界各国で商品化されており、日本国内でも登録されている製品があります。
Q3. 家庭菜園でもバチルス菌の効果は期待できますか?
A. 論文で紹介されている研究の多くは、実験室・温室・圃場での試験に基づくものです。家庭菜園の土壌にも同様の微生物が存在し得ますが、土壌条件や気候によって効果には差が出ると考えられます。
参考文献
- Hernández-Amador, E.; Montesdeoca-Flores, D.T.; Luis-Jorge, J.C. “Bacillus as Premier Biocontrol Agents: Mechanistic Insights, Strategic Application, and Future Regulatory Landscapes in Sustainable Agriculture.” Plants 2026, 15, 516. https://doi.org/10.3390/plants15030516
- FAO. Sustainable Food and Agriculture. https://www.fao.org/sustainability/en/
- United Nations. Sustainable Development Goal 2: Zero Hunger. https://www.un.org/sustainabledevelopment/hunger/
- European Commission. Regulation (EU) 2019/1009 on fertilising products (EUR-Lex summary). https://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT/?uri=legissum:4406079
- World Health Organization. Laboratory Biosafety Manual. https://iris.who.int/server/api/core/bitstreams/9e97e6c8-0955-46a9-b638-b4d0c9acbcd7/content
※本記事は上記論文の内容を著者の言葉で要約・翻訳し直して作成しており、原文の文章をそのまま引用してはいません。


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