
植物の葉の表面や内部には「フィロスフィア微生物」と呼ばれる無数の微生物が棲みついており、植物の健康を支えるパートナーとして働いています。今回紹介する研究では、ハダニに食べられた植物の葉で、このフィロスフィア微生物の種類や量、微生物同士のつながり方までもが大きく変化することが報告されました。さらに、植物が害虫に対抗するために特定の微生物を積極的に呼び込んでいる可能性も示されています。本記事では、中国の研究チームが2025年に発表した論文をもとに、ハダニ被害と葉の微生物の知られざる関係をわかりやすく解説します。
フィロスフィア微生物とは?
フィロスフィア微生物とは、植物の葉の表面や内部に棲みつく細菌やカビ(真菌)などの微生物群集のことです。葉の表面に棲む微生物は「着生(ちゃくせい)微生物」、葉の内部に棲む微生物は「内生(ないせい)微生物」と呼ばれ、いずれも植物の生育促進や病害抵抗性、環境適応力の向上に関わっているとされています(Xu et al., 2022)。フィロスフィアは地球上で最も広い微生物の生息場所のひとつともいわれ、その総面積は全世界でおよそ10の8乗km²にのぼると報告されています(Kumar et al., 2023)。
これまでの研究では、病原菌に感染した植物でフィロスフィア微生物の構成が変化することは知られていましたが、ハダニのように葉を物理的に食害する害虫が、フィロスフィア微生物にどのような影響を与えるかについては、ほとんど分かっていませんでした。

なぜこの研究が行われたのか?
植物の根のまわりに棲む微生物(根圏微生物)については、植物がストレスを受けた際に周囲の環境から有益な微生物を呼び込む「助けを呼ぶ(cry for help)」反応と呼ばれる仕組みが存在することが、近年の研究で明らかになってきました(Cordovez et al., 2019)。病害抵抗性の高い品種で特定の根圏微生物が濃縮され、それが病原体の抑制と関連することも報告されています(Kwak et al., 2018)。
一方、フィロスフィアは根圏と異なり、大気環境や害虫による食害など、より直接的な地上部のストレスにさらされる場所です。根圏と同じように、フィロスフィアでも生物的ストレスを受けた際に微生物群集の再構築が起こるのかどうかは、これまで十分に検証されていませんでした。
そこで研究チームは、マメ科作物であるササゲ(Vigna unguiculata)を対象に、世界中で作物被害を引き起こす代表的な害虫であるナミハダニ(Tetranychus urticae)による食害が、フィロスフィア微生物の多様性・構成・微生物同士のつながり方にどのような影響を与えるかを調べました。
どのような方法で調べたのか?
研究チームは、中国甘粛省蘭州市の実験室で栽培したササゲを用い、以下の手順で実験を行いました。
- ナミハダニに15日間食害させた葉と、食害を受けていない葉を用意する
- それぞれの葉について、表面に棲む着生微生物と、内部に棲む内生微生物のDNAを抽出する
- 細菌は16S rRNA遺伝子領域を、真菌はITS領域をそれぞれ次世代シーケンサーで解析する
- 得られた微生物の種類・量・機能予測データを統計的に比較する
この手法により、目に見えない微生物の世界を網羅的かつ定量的に比較することが可能になっています。
ハダニ被害を受けると、葉の微生物の多様性はどう変わるのか?
解析の結果、ハダニに食害された葉では、着生細菌および内生真菌の多様性(どれだけ多くの種類の微生物が存在するか)が、健康な葉に比べて統計的に有意に低下していることが分かりました。多様性が豊かな微生物群集ほど環境の変化に対して安定しやすいと考えられており、ハダニによる食害が、このバランスを崩している可能性が示唆されます。
微生物の「顔ぶれ」はどのように入れ替わるのか?
多様性が下がっただけでなく、優占する(最も多く存在する)微生物の種類そのものが、ハダニ感染の前後で大きく入れ替わっていたことも報告されています。
| 部位 | 健康な葉で優占する微生物 | ハダニ感染後に優占する微生物 |
|---|---|---|
| 葉内部の細菌 | ラルストニア属(約19.2%) | リケッチア属(約59.2%) |
| 葉表面の細菌 | スフィンゴモナス属(約40.7%) | スフィンゴモナス属(約32.2%、比率は低下) |
| 葉内部の真菌 | アウレオバシジウム属(約32.1%) | ナガニシア属(約92.3%) |
| 葉表面の真菌 | シンプリシリウム属(約15.2%) | シンプリシリウム属(約16.0%、大きな変化なし) |
特に注目されるのは、葉内部の細菌でラルストニア属からリケッチア属へ、葉内部の真菌でアウレオバシジウム属からナガニシア属へと、優占する微生物がほぼ総入れ替えに近い形で変化している点です。

微生物同士のつながり方はどう変わるのか?
研究では、微生物同士がどれだけ密接に関わり合いながら存在しているかを示す「共起ネットワーク」の解析も行われました。その結果、ハダニ感染後は微生物同士のつながりの数(連結性)や複雑さが、健康な葉に比べて明らかに低下していました。
- 細菌ネットワークの平均連結数:健康な葉 16.67 → 感染後 7.54
- 真菌ネットワークの平均連結数:健康な葉 9.66 → 感染後 6.70
この結果について論文では、持続的なストレスの中で基本的な機能を守るために、微生物群集がネットワークを単純化させている可能性があると考察されています。連結の少ないシンプルなネットワークは、群集内で乱れが広がりにくく、ストレス環境下での頑健性を高めると考えられるためです。

植物は害虫から身を守るために微生物を「呼び込んで」いるのか?
今回の研究で特に注目されるのが、ハダニ感染後にリケッチア属・ナガニシア属・ブレブンディモナス属・アスペルギルス属といった、有益な働きをする可能性のある微生物の存在量が増加していたという結果です。
なかでもリケッチア属については、既存の研究で、植物のサリチル酸合成酵素の働きを高めることでサリチル酸の合成を促進しうることが報告されています(Shi et al., 2021)。サリチル酸は植物の防御反応における重要なシグナル物質であり、病原体や害虫に対する植物の抵抗性を高める「全身獲得抵抗性」と呼ばれる仕組みを引き起こすことが知られています(Zhang, Bouwmeester & Kappers, 2020)。
これらの結果を踏まえ、論文の著者らは、ハダニに食害された植物がリケッチア属を積極的に呼び込み、リケッチア属がサリチル酸合成を後押しすることで、植物自身の防御機構をより早く始動させている可能性があるという仮説を提示しています。ただし、これはあくまで仮説であり、リケッチア属が植物由来の養分を利用して増加しているだけの可能性も残されている、と論文中では慎重に述べられています。

微生物の「集まり方のルール」まで変化していたのか?
研究ではさらに、微生物群集がどのように形成されるか、その仕組みの違いにも着目しています。微生物の集まり方は、大きく次の2つに分類されます。
- 決定論的プロセス:環境条件に応じて、適した微生物が選択的に定着する集まり方
- 確率論的プロセス:偶然その場に存在した微生物が定着する、ランダム性の高い集まり方
解析の結果、ハダニ感染前後で、細菌と真菌ではこの集まり方のルールが逆方向に変化していたことが分かりました。細菌群集は「確率論的プロセス」から「決定論的プロセス」へ、真菌群集は逆に「決定論的プロセス」から「確率論的プロセス」へと変化していたと報告されています。同じハダニというストレスであっても、細菌と真菌では異なる形で影響が及んでいることがうかがえます。
この研究は今後の害虫対策にどう役立つのか?
近年、農薬にできるだけ頼らずに害虫と付き合っていく「グリーンな害虫防除」という考え方が注目されています。今回の研究で示されたように、植物自身が有益な微生物を呼び込むことで防御力を高めている可能性があるとすれば、その仕組みを応用することで、微生物の力を活用した新しい害虫対策のヒントが得られるかもしれません。
ただし、論文内でも述べられているとおり、今回の結果はあくまでアンプリコン解析や機能予測ツールによる推定であり、実際にリケッチア属などの微生物が植物の防御力を高める効果を持つかどうかは、今後さらなる検証が必要とされています。研究では「〜と報告されている」「〜の可能性が示唆される」という形で慎重に結論づけられている点にも留意が必要です。
まとめ
ハダニに食害されたササゲの葉では、フィロスフィア微生物の多様性が低下し、優占する微生物の顔ぶれが入れ替わり、微生物同士のつながりも単純化することが、今回の研究で明らかになりました。その一方で、植物がリケッチア属をはじめとする有益な可能性のある微生物を呼び込んでいる兆候も見られ、植物・害虫・微生物の三者関係の複雑さと奥深さを示す結果となっています。今後、こうした知見が農薬に頼りすぎない害虫対策の研究へとつながっていくことが期待されます。
Q&Aセクション
Q1. フィロスフィア微生物とは、具体的にどのような微生物を指しますか?
A. 植物の葉の表面や内部に棲みつく細菌やカビ(真菌)などの微生物群集全体を指す言葉です。葉の表面に棲む「着生微生物」と、葉の内部に棲む「内生微生物」の両方が含まれます。
Q2. ハダニに食べられると、植物はすぐに枯れてしまうのですか?
A. 今回の論文はフィロスフィア微生物の変化に着目したものであり、ハダニ被害の程度と枯死との関係を直接検証したものではありません。ただし、ハダニの食害によって葉の変色や壊死斑が生じることは既存の研究で報告されており(Jakubowska et al., 2022)、被害が進行すれば植物の生育に影響が及ぶ可能性があります。
Q3. この研究結果は、家庭菜園でのハダニ対策にすぐに応用できますか?
A. 現時点では基礎研究の段階であり、家庭で使える具体的な対策として確立されているわけではありません。ただし、植物が有益な微生物を呼び込むことで防御力を高めている可能性が示されたことは、将来的に微生物を活用した害虫対策を考えるうえでの手がかりになると考えられます。
参考文献
Chen DW, Xia GQ, Wang JJ, Luo YY, Wang HL, Zhao J, Sun K. (2025) “Effects of Tetranychus urticae infection on phyllosphere microbial community assembly of Vigna unguiculata.” PeerJ 13:e20389. DOI: 10.7717/peerj.20389


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