
塩基性岩とは?
塩基性岩の定義
塩基性岩(えんきせいがん)とは、火成岩の一種で、二酸化ケイ素(SiO₂)の含有量が45〜52%程度と比較的低く、鉄(Fe)やマグネシウム(Mg)に富んだ岩石群を指す。英語では「mafic rock」と呼ばれ、語源は「magnesium(マグネシウム)」と「ferric(鉄)」を組み合わせた言葉である。
これらの岩石は、かんらん石(オリビン)、輝石(パイロキシン)、カルシウムに富む斜長石(ラブラドライト〜ビトウナイト)などの鉱物を主成分とし、暗灰色〜黒色を呈する。密度は2.9〜3.1程度と高く、比重・磁性に優れ、地球の海洋地殻や火山活動の基盤を形づくっている。
火山岩と深成岩の関係
塩基性岩は、生成環境によって「火山岩」と「深成岩」に大別される。
マグマが地表付近で急冷されると細粒の玄武岩(basalt)となり、地表火山や海洋底で広く見られる。玄武岩は冷却速度が速いためガラス質を含み、柱状節理や枕状溶岩など多彩な構造を示す。
一方で、マグマが地下深部でゆっくり冷却すると、粗粒で結晶がはっきり見えるハンレイ岩(gabbro)が形成される。ハンレイ岩は、斜長石と輝石が織りなす黒と白の縞模様が美しく、しばしば装飾石材としても利用される。
超塩基性岩との違い
塩基性岩とよく比較されるのが「超塩基性岩(ultramafic rock)」である。超塩基性岩はSiO₂がさらに少なく、MgOやFeOが非常に多い。代表的なものにかんらん岩(ペリドタイト)があり、これは地球の上部マントルの主成分でもある。
塩基性岩は、これら超塩基性岩に比べて斜長石が多く、より地殻寄りの性質をもつ点で区別される。
塩基性マグマの成因
塩基性岩は、マントルの部分溶融によって発生するマグマが冷却・固化することで生まれる。生成環境にはいくつかのタイプがあり、それぞれ異なる岩石を形成する。
- 海嶺(MORB:Mid-Ocean Ridge Basalt)
プレートが拡大する海洋底では、マントルの減圧融解によってソレアイト系列の玄武岩が形成される。 - ホットスポット(海洋島玄武岩)
ハワイやアイスランドなどのホットスポットでは、深部マントルプルームが上昇してアルカリ玄武岩を噴出させる。 - 島弧火山帯(島弧玄武岩)
沈み込むプレートから放出された流体がマントルを部分溶融させ、カルクアルカリ系列の玄武岩が形成される。
こうしたマグマの成分は、TiO₂やK₂O、Mg#(Mg/(Mg+Fe))などの値に反映され、地球化学分析によって形成環境を特定できる。
結晶分化と組成の多様性
玄武岩質マグマは、上昇・滞留の過程で結晶分化を起こす。かんらん石や輝石が先に結晶化して沈降すると、残りのマグマは相対的にSiO₂が増え、中性〜珪長質へと変化していく。
また、他のマグマとの混合や、周囲の岩石(壁岩)の同化なども起こり、産出する塩基性岩には多様な化学組成が生じる。この過程を解析することで、マグマの進化や地殻構造の履歴をたどることができる。
塩基性岩の物理的特徴
塩基性岩は、色が暗く、密度が高く、非常に硬いという特徴をもつ。
- 色調:暗灰色〜黒色。
- 硬度:高く、風化に強い。
- 磁性:磁鉄鉱を多く含み、磁気を帯びやすい。
- 耐摩耗性:道路や鉄道の砕石、護岸ブロックなどに適している。
また、熱伝導率が高いため、地熱分布や地下温度構造の研究にも利用される。
塩基性岩の風化と土壌形成
塩基性岩が風化すると、CaやMgを多く含む土壌が生成される。このような土壌は中性〜弱アルカリ性を示し、植物の栄養吸収に有利に働く。
ただし、風化の過程でNi、Cr、Coなどの微量金属元素が濃縮されることもあり、特に蛇紋岩化した地域では植物が金属耐性を獲得して適応する例も見られる。これらの地域は、特異な植物相を育む「金属耐性植物(メタロファイト)」の宝庫としても知られる。
塩基性岩の地球的役割
地球史を通じて、塩基性岩は常に大地の基盤を形づくってきた。太古代のグリーンストーン帯や中生代の海洋地殻拡大など、地球進化の各段階で塩基性マグマの活動が鍵を握っている。
現代においても、玄武岩質溶岩は火山島の形成に関与し、マントル対流やプレート運動の証拠として研究されている。
現地観察のポイント
塩基性岩を観察する際には、以下のような特徴を確認するとよい。
- 玄武岩:柱状節理、枕状溶岩、気孔やアミグダル(空隙に鉱物が沈着した構造)
- ハンレイ岩:粗粒結晶、層状構造、輝石と斜長石の明瞭な分離
- 鉱物:かんらん石(オリーブ色)、輝石(暗緑色〜黒色)、斜長石(白色)
これらの特徴は、マグマの冷却速度や噴出環境を読み解く重要な手がかりとなる。
塩基性岩の応用と資源的価値
塩基性岩はその硬度と耐久性から、建設資材として広く利用されている。また、MgやCaが豊富なため、二酸化炭素を固定する「鉱物炭酸化」の研究対象としても注目される。さらに、レアメタルやレアアース元素を伴う鉱床が形成されることもあり、資源地質学的にも重要である。
まとめ
塩基性岩とは、SiO₂が少なく鉄・マグネシウムに富む暗色の火成岩であり、玄武岩とハンレイ岩がその代表である。上部マントルの部分溶融によって生まれ、地球の海洋地殻や火山島を構成する主要な岩石である。
風化すればCaやMgに富む肥沃な土壌を生み、植物生態系にも影響を与える。また、鉱物資源・建材・環境技術の分野でも応用範囲が広い。
このように、塩基性岩は地質学・生態学・資源学の交点に位置する、地球の根幹をなす存在である。次章では、この塩基性岩が生み出す独特の地質環境と、そこに適応して生きる植物たちの関係を詳しく見ていく。
塩基性岩地と植物について
塩基性岩地という特殊な環境
塩基性岩が風化して形成される地質環境は、一般的な花崗岩地や砂質岩地とは大きく異なる特徴をもつ。塩基性岩は鉄(Fe)やマグネシウム(Mg)、カルシウム(Ca)といった塩基性元素に富み、風化によってそれらが土壌に供給される。
この結果、塩基性岩地の土壌は酸性化しにくく、中性から弱アルカリ性を示す傾向がある。土壌の塩基飽和度が高く、栄養塩類が豊富なため、多くの植物にとって成長しやすい環境となる。一方で、ニッケル(Ni)、クロム(Cr)、コバルト(Co)などの微量金属元素が高濃度で存在する場合があり、植物によっては強い選択圧となる。このような環境は、特異な植物群落を形成する大きな要因となる。
土壌の化学的性質と植生
塩基性岩由来の土壌は、しばしば石灰質土壌と共通する性質を示す。特にカルシウムとマグネシウムに富んだ土壌は、pHが高く、酸性土壌に弱い植物にとって好適な生育地となる。
陽イオン交換容量(CEC)が比較的高いため、栄養分を保持しやすく、植物の根が効率よくミネラルを吸収できる。また、風化過程で生成される粘土鉱物や酸化鉄によって土壌は豊かな構造をもつことが多く、水はけと保水性のバランスが良い。これが、草本から高木まで多様な植生を支える基盤となる。
ただし、一部の塩基性岩地では微量元素の濃度が植物の生理にとって有害なレベルに達することがあり、このような場所では金属耐性植物と呼ばれる特殊な種が優占する場合がある。
塩基性岩地に特有な植物群落
塩基性岩地は、その化学的性質に適応した植物群落が発達する。例えばカルシウムを好む植物(カルシコール)が多く分布するほか、重金属耐性を獲得した種も少なくない。
カルシウムに富んだ土壌は、酸性土壌を嫌う植物や石灰岩地に分布する種と類似した植生をもたらすことがある。これは日本国内でも共通して観察され、石灰岩地と塩基性岩地の植物群落には一定の重なりがある。
また、マグネシウムやニッケルの濃度が高い環境では、他の場所では見られない希少植物が生育することもある。こうした植物群は、地質学的背景に強く依存しており、いわゆる「地質依存性植物(edaphic flora)」と呼ばれる。
重金属に適応する植物
塩基性岩地には、金属耐性を持つ植物が自生することが多い。特に蛇紋岩化した岩地では、ニッケルやクロムなどが高濃度に存在し、普通の植物では生育が難しい。しかし一部の植物は、金属を排除するか、あるいは体内に取り込み・隔離することで生存している。
このような植物には、高い金属耐性をもつ「メタロファイト(metalophyte)」が多く、世界的にも研究対象として注目されている。メタロファイトの中には、体内にニッケルなどの金属を高濃度で蓄積する「ハイパーアキュムレーター(超集積植物)」と呼ばれる種もあり、これらはバイオマイニング(植物による金属回収)や環境修復(ファイトレメディエーション)などへの応用が期待されている。
塩基性岩地と石灰岩地の類似点と相違点
塩基性岩地と石灰岩地は、いずれもCaやMgを多く含み、土壌pHが高くなる傾向がある。そのため、両者には共通した植物群落が分布することがある。一方で、石灰岩地ではCaが極端に優占するのに対し、塩基性岩地ではMgやFeが多く、微量金属元素の濃度も高い。
この違いが、植生に微妙な差異をもたらす。例えば、石灰岩地には典型的な石灰岩植物が出現しやすいのに対し、塩基性岩地では金属耐性植物が加わることで独自の群落が形成される。
また、塩基性岩地では水はけが比較的良好であることが多く、乾燥に強い種が多い傾向もある。こうした環境条件の違いは、植物の形態的・生理的な適応の差となって現れる。
土壌pHと植物分布の関係
植物の生育環境において、土壌pHはきわめて重要な因子である。塩基性岩地では土壌が弱アルカリ性に傾くため、酸性環境を好む植物(アシドフィル)は少なく、逆に中性〜アルカリ性に適応した植物(カルシコール)が多い。
これは、土壌中の栄養素の可溶性にも関係している。例えば、リン(P)やカリウム(K)はアルカリ性土壌では利用しやすくなり、一方でアルミニウム(Al)の溶解度が低下するため、酸性土壌特有のアルミニウム障害が起きにくい。これにより、植物にとって生理的に有利な環境が整う。
植物群落の希少性と保全の重要性
塩基性岩地の植生は、一般的な岩石地帯とは異なる化学的環境に適応しているため、他の場所には見られない希少な種が多い。このような環境は地質学的にも限られており、局地的に分布する希少植物の重要な生息地となっている。
そのため、塩基性岩地の植生は生物多様性保全の観点から極めて価値が高い。開発による破壊や外来種の侵入が進むと、失われる可能性が高く、保全対策が必要とされる地域も少なくない。
植物と微生物の共生関係
塩基性岩地では、植物だけでなく根圏の微生物にも特徴がある。カルシウムやマグネシウムに富んだ土壌は、菌根菌の発達に有利であり、特に外生菌根菌やアーバスキュラー菌根菌が活発に活動する。
これらの菌根菌は、植物がリンやマグネシウムなどを効率的に吸収するのを助けるだけでなく、金属耐性の強化にも寄与していることが知られている。塩基性岩地の植物群落は、こうした土壌微生物との複雑な共生ネットワークの上に成り立っている。
地質が植物分布を決定する
植物分布は、気候や標高だけでなく、地質によっても大きく左右される。塩基性岩地は、その化学的性質ゆえに、他の地質とは異なる固有の植生帯を形成する。
このような地質依存性植生は、生態系の多様性を高めるだけでなく、環境変化の指標(インディケーター)としても重要である。たとえば、特定のカルシコール植物や金属耐性植物の存在は、その土地が塩基性岩地であることを示唆する地質学的手がかりとなる。
まとめ
塩基性岩地は、塩基性元素や微量金属を多く含む独特な地質環境であり、そこでは他の地域では見られない植物群落が形成される。カルシウムやマグネシウムに富む土壌はカルシコール植物の生育を促し、重金属の存在は金属耐性植物の進化を促してきた。
これらの環境に適応した植物群は、生物多様性の観点からも極めて貴重であり、地質と生態の関係を考える上でも重要な位置を占める。さらに、植物と菌根菌などの微生物との共生関係も、この環境を支える大きな要素となっている。
塩基性岩の特徴について
岩石学的特徴
塩基性岩の最大の特徴は、二酸化ケイ素(SiO₂)の含有量が45〜52%と比較的低く、鉄(Fe)とマグネシウム(Mg)に富む点である。この化学組成により、外観は黒色〜暗灰色といった暗色系になり、重量感がある。主成分鉱物はかんらん石(オリビン)、輝石(パイロキシン)、カルシウムに富んだ斜長石(ラブラドライト〜ビトウナイト)が中心で、石英やカリ長石といった珪長質鉱物はほとんど含まれない。
火山岩の場合は玄武岩、深成岩の場合はハンレイ岩が代表的である。これらは組成的に非常に近いが、冷却速度と結晶粒径の違いによって外観が大きく異なる。玄武岩は急冷によって細粒〜ガラス質となり、ハンレイ岩はゆっくり冷却されるため粗粒で斑れい組織を示す。
外観と鉱物組織
塩基性岩は肉眼でも比較的判別しやすい特徴をもっている。玄武岩では、黒色の緻密な石基の中に白っぽい斜長石の細粒や、緑黒色の輝石斑晶が点在することが多い。冷却時に発生する気泡(気孔)が後に鉱物で満たされると、アミグダル(杏仁状構造)が形成される。
一方、ハンレイ岩では粗粒結晶が肉眼でも容易に確認できる。黒色〜暗緑色の輝石と、白色の斜長石がまだら状に混ざる縞模様が典型的であり、層状構造や累帯構造を示すことも多い。これはマグマの分化過程と結晶沈積の痕跡を示すもので、火成活動史を解明する上で重要な情報を含んでいる。
化学組成と塩基性元素
塩基性岩の化学組成では、Fe、Mg、Caが高い値を示すのに対し、K、Na、Siは低めである。この特徴的な組成は、上部マントルの部分溶融で生成するマグマの基本的な性質を反映している。
塩基性岩に多く含まれる元素は以下のような役割を持つ。
Fe・Mg:輝石やかんらん石の主要構成元素
Ca:斜長石に多く含まれる
Ti:磁鉄鉱やイルメナイトなどに含まれる
これらの元素は、地球化学的に見るとマグマの発生源やテクトニックセッティングを示す指標としても用いられる。特にMg#(Mg/(Mg+Fe))は、マグマの進化度を示す重要な値である。
物理的性質
塩基性岩は、その化学組成に由来する物理的性質にも特徴がある。
色調は暗く、密度はおおむね2.9〜3.1と高い。硬度も高いため、風化しにくく耐久性がある。圧縮強度は大きく、建設資材や道路舗装などの工業利用にも適している。
磁鉄鉱を多く含むため帯磁性を示す岩石が多く、古地磁気の研究にも利用される。これは、冷却時に磁鉄鉱が地球磁場の方向を記録するためである。玄武岩質の溶岩台地や海洋地殻から得られる古地磁気データは、大陸移動説やプレートテクトニクスの証拠となった。
風化と変質
塩基性岩は風化すると、カルシウム、マグネシウム、鉄が溶脱して土壌中に供給される。このため、塩基飽和度が高く、土壌pHが中性から弱アルカリ性になることが多い。
ただし、ガラス質の玄武岩は初期風化が比較的早いのに対し、緻密なハンレイ岩は風化が進みにくい。この風化速度の違いは、鉱物組成と組織の緻密さによって決まる。風化に伴ってスメクタイトなどの粘土鉱物が生成され、土壌の保水性や肥沃度に大きな影響を与える。
また、塩基性岩の変質作用としてよく知られているのが「蛇紋岩化」である。これは超塩基性岩が水と反応して蛇紋石を生成する現象だが、塩基性岩でも類似の低温変質が起こることがある。このような変質作用は、微量金属元素の分布や土壌環境に影響を与える重要な過程となる。
地球化学的特徴と分類
塩基性岩は、その化学組成によってさらに細かく分類される。代表的な分類として、TAS図(全アルカリ成分とSiO₂の関係)やQAPF図(鉱物構成比による分類)がある。
TAS図では、SiO₂が少なくNa₂O+K₂Oも低い領域にプロットされ、明確に玄武岩領域に位置づけられる。さらに詳細な分類では、以下のような系列に分けられる。
ソレアイト系列(MORBに代表される)
カルクアルカリ系列(島弧火山に多い)
アルカリ系列(ホットスポットなど)
これらの違いは、マグマの発生圧力、水分量、部分溶融度などに起因し、テクトニックセッティングの理解に欠かせない。
地形との関係
塩基性岩は風化に強いため、地形上ではしばしば高まりや崖、急峻な斜面を形成する。玄武岩台地はその典型例であり、硬く平坦な溶岩流が侵食に耐え、特徴的な台地地形を残す。
また、玄武岩の溶岩流が冷却するときに形成される柱状節理は、世界各地で印象的な地形をつくり出している。日本でも阿蘇火山や三瓶山などで観察できるほか、世界的にはジャイアンツ・コーズウェーの玄武岩柱が有名である。
このような地形は、マグマの冷却速度、粘性、噴出様式を反映しており、地質学的にも観光資源としても注目されている。
生態系との接点
塩基性岩の特徴は、単なる岩石学的性質にとどまらず、生態系にも影響を与える。風化によって供給されるCa、Mgは植物の生育に不可欠な元素であり、このような土壌では多様な植物群落が成立する。また、重金属元素の存在は、金属耐性植物の出現や菌根菌との共生関係の多様化を促す。
こうした地質・土壌・植生の三者の結びつきは、塩基性岩地特有の生態系を形づくっており、生物地球化学的な観点からも非常に興味深い。
資源・産業利用の面
塩基性岩は、道路用砕石、鉄道道床、コンクリート骨材などの建材として広く利用されている。硬度と耐摩耗性に優れ、経年劣化しにくいことが評価されている。また、MgやCaが豊富なことから、二酸化炭素の鉱物固定(鉱物炭酸化)の対象岩としても注目されている。
さらに、玄武岩ガラスを繊維化して断熱材を製造する技術も実用化されており、エネルギー分野でも利用が進んでいる。
まとめ
塩基性岩の特徴は、化学組成・鉱物組織・物理的性質・風化特性・地形形成・資源利用など多岐にわたる。
SiO₂が少なくFeとMgが多いことで、暗色で高密度の岩石となり、風化に強く、独特の地形や土壌環境をつくり出す。風化によってCaやMgが供給されることで植物の生育を支え、同時に微量金属元素が生態系に影響を与える。
また、地球化学的な特徴からマグマの成因やプレートテクトニクスの理解に重要な手がかりを与えるだけでなく、資源利用の面でも高い価値を持つ。
日本の塩基性岩質の山々について
日本列島と塩基性岩
日本列島は、プレート沈み込み帯の上に形成された島弧であり、その地質構造は非常に複雑である。火山活動とプレート運動が活発なため、塩基性岩の分布は全国各地に見られる。とくに、海洋地殻の断片(オフィオライト)や火山活動による玄武岩溶岩流、深成活動によるハンレイ岩体が多様な形で露出している。
日本における塩基性岩質の山々は、地質学的にも生態学的にもきわめて重要である。土壌の塩基飽和度が高いため、植物群落に独特な種構成が現れるほか、侵食に強い塩基性岩は特徴的な地形をつくり出す。
阿蘇火山(熊本県)
阿蘇山は、九州中央部に位置する巨大なカルデラ火山である。カルデラを形成する噴出物には安山岩やデイサイトも含まれるが、その基盤には玄武岩質の溶岩が広く分布している。
玄武岩溶岩は噴出後に冷却し、厚い溶岩台地をつくる。阿蘇の外輪山の一部やカルデラ内の地形は、これら塩基性溶岩流の堅牢さによって形づくられている。
また、玄武岩由来の風化土壌はCaやMgに富み、草原植生の成立を助けている。特にススキやチガヤを主体とする半自然草原が広がっており、かつて放牧地として利用されてきた。
三瓶山(島根県)
三瓶山は、中国地方を代表する火山であり、山体の一部に玄武岩質の溶岩が見られる。三瓶山の形成は複数の噴火活動により段階的に進み、初期には玄武岩〜安山岩質のマグマが流出して厚い台地をつくったと考えられている。
玄武岩溶岩の冷却によって生じた柱状節理は、地形の堅牢さを高め、侵食に耐える岩盤となっている。このため、山体周辺には独特の崖地や段丘地形が発達している。
土壌は塩基性元素に富み、周辺には酸性土壌では見られない植物種も分布している。草原性植物やカルシコール植物が豊富で、希少な在来種の保全地としても注目されている。
大雪山系(北海道)
大雪山は北海道の中央部に広がる火山群であり、その形成には玄武岩質マグマの噴出が大きく関与している。特に大雪山の基盤部には玄武岩溶岩流が堆積しており、山体の大規模な高原状地形を形成している。
この地域は気候的にも冷涼であるため、塩基性岩由来の土壌環境と亜高山帯の植生が組み合わさり、特殊な植生帯が発達している。ハイマツ群落や高山植物の多様性が高く、岩石化学と植生分布の関係を研究する上で貴重なフィールドとされている。
瀬戸内火山岩地帯
瀬戸内地域には中新世〜鮮新世にかけて形成された火山岩類が広く分布している。これらの岩石の中には玄武岩質溶岩も多く含まれ、山地や丘陵地の地質を構成している。
特に広島県や愛媛県周辺には、塩基性岩地由来の土壌が点在し、温暖な気候とあいまって独特の植物群落を形成している。アカマツ林の基盤となる土壌も多く、また畑地として利用されている地域も少なくない。
蛇紋岩地帯と特殊植生
塩基性岩とは厳密には区別されるが、塩基性岩の派生的な存在として、超塩基性岩が蛇紋岩化した地域も全国に広く分布している。特に新潟県の佐渡島や秩父山地などが知られており、ニッケルやクロムなどの重金属元素が高濃度で含まれる。
このような蛇紋岩地帯では、通常の植物が生育できず、重金属耐性植物が優占する特殊な群落が形成される。蛇紋岩地帯は生物地理学上も重要な地域であり、地質と生態の関係を考える上で貴重なフィールドとして研究されている。
塩基性岩と地形の関係
塩基性岩は風化や侵食に強いため、特徴的な地形をつくることが多い。溶岩流が冷却してできた台地や平頂丘、柱状節理の発達した崖地はその典型例である。
例えば阿蘇の外輪山や三瓶山の地形は、玄武岩溶岩流の堅牢さが地形保持力として作用している。これに対して周囲の堆積岩地帯では侵食が進むため、塩基性岩地が相対的に高まりとして残ることが多い。
このような地形の違いは、水系や植生分布にも影響を与える。緩やかな台地上には草原や農地が広がり、崖地には高木林や崖地特有の植物が生育する。
塩基性岩地と植生帯
日本では、塩基性岩質の山地にはカルシコール植物を主体とする多様な植生帯が発達している。酸性土壌を好むツツジ科植物が少なく、逆にスイカズラ科、キク科、セリ科などの中性〜アルカリ性を好む植物が多い傾向がある。
さらに、重金属元素に耐性をもつメタロファイトが局地的に分布する場所もあり、他地域では見られない固有種や希少種が生育している。こうした植物群落は、地質と生態が密接に連動する典型的な例である。
地域資源としての価値
塩基性岩質の山々は、地形・土壌・植生の観点だけでなく、地域資源としても注目されている。溶岩台地は農業利用に適し、牧草地や果樹園、畑作地帯として活用されてきた歴史がある。
また、玄武岩の柱状節理や崖地は観光資源としても価値が高い。地質学的景観と植生の多様性を生かしたジオパークや自然公園としての整備も進んでいる。阿蘇地域や三瓶山周辺はその代表例である。
地質と保全の課題
日本の塩基性岩質の山々は、希少な植生を含むことから、開発による生態系の破壊や外来種の侵入が問題となっている地域もある。特に蛇紋岩地帯や限られた玄武岩溶岩台地では、わずかな改変が大きな影響をもたらすことがある。
地質と植生の一体的な保全を行うためには、地質的背景の理解と植生データの統合的管理が不可欠である。ジオパークの認定や自然保護区の指定は、こうした課題に対応する一つの手段となっている。
まとめ
日本各地には塩基性岩質の山々が点在し、それぞれが地質・地形・植生に独自の特徴をもっている。阿蘇火山、三瓶山、大雪山、瀬戸内火山岩地帯、蛇紋岩地帯などはその代表例である。
塩基性岩は風化に強く、台地や崖など特徴的な地形をつくると同時に、カルシコール植物や金属耐性植物など特殊な植生を育む土壌を形成する。こうした環境は生態学的にも地質学的にも価値が高く、地域資源や保全対象として注目されている。
地質と植生は密接に関係しており、塩基性岩地はその最もわかりやすい事例といえる。今後も、地質と生態を統合的に捉えた研究と保全の重要性が増していくと考えられる。


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